あなたは凄い能力をいっぱい与えられてますよ

これまで緊張することやドキドキすることを、

あなたもたくさん経験してきたと思います。

人前で話をする場面であったり、何かを披露する場面だったり、

或は、失敗の許されない仕事を任されたり、

図太さや勇気が求められることも有ったと思います。

『虎穴に入らずんば虎子を得ず』という諺が有りますが、

危険を避けてばかりでは、成功もまた得られないんですね。

最初は緊張するけど、慣れると少しずつ乗り越えられる

ハードルも高く出来るということもあります。

『聖書』の「サムエル記」や「列王記」という章にダビデという人物が登場します。

ミケランジェロの『ダビデ像』を写真で見た事が有るでしょう。

ダビデがまだ少年の頃、イスラエル人と敵対するペリシテ人との戦いの場に

使いで行かなければならないことが有りました。

実際の戦場に着くと、敵対するペリシテ陣営の中から凄まじい巨人が

イスラエル軍に向かって、1対1で戦おうではないか!と大声で叫んでいます。

イスラエル陣営では、皆が恐怖に襲われ、

誰一人この巨人に戦いを挑もうとする人はいません。

敵陣は、臆病どもだ何だかんだとはやし立てて士気を高め、

逆にイスラエル陣営では、士気も下がり沈んでいるのでした。

丁度その場に出くわしたダビデは、怒りに震え、

この凄まじい巨人に戦いを挑むのです。

巨人は鎧に身を包み巨大な盾と槍を持ち、

ダビデはそのままの格好で、ただ石と石投げ紐だけを手に

凄まじい巨人に向かっていきました。

恐らく少年のダビデは、戦場という異様な雰囲気で

両陣営の見守る中、命を懸けた緊張の極みで呼吸していた筈です。

相当な勇気がなければ、このような大胆な行動は出来ません。

ダビデが放った石は巨人の額に食い込み、

巨人はそのまま崩れ落ちました。

ダビデは巨人の剣を奪うと、そのまま首を切り落として勝利を得ます。

イスラエルのサウル王はダビデの勇気をほめ称えますが、

次第にダビデを警戒し恐れるようになっていきます。

サウル王は、自分の王家を継ぐのは息子ではなくこのダビデであろうと、

ダビデを生かしておいてはのちの禍になると、ダビデの暗殺を企てます。

『聖書』では、ダビデが勇気・知力・決断力を

フルに出し切って生き抜いて行く様が読み取れます。

サウル王はどんな手段を使ってでも、

必ずダビデを殺そうと四方に暗殺の網を張りますが、

ダビデはいつも危機一髪のところで魔の手から逃れます。

その間、逆にサウル王を殺せる絶好の機会に何度か巡り合うのですが、

その都度部下を諭して、主人を手にかけるような事をしてはいけないと

禁じながらも、あぁ、このままではいずれ自分はサウル王から逃げきれずに

いつか必ず殺されるであろうと嘆くのでした。

ダビデという人は、サウル王が恐れるほどやはり凄い人で、

『聖書』を読んでいても、この人は自分の命さえも

どこか人ごとのように扱う程、

計り知れない大きい人だなぁと思わされます。

結局サウル王は、敵対するペリシテ人との戦いで戦死しますが、

イスラエルの民に押されてダビデは王となり、

その後、強大なイスラエル王国を築いていきます。

ダビデの人生は苦難の連続で、苦しい時期を長い間経験します。

その間、自分の持っている全てを必死になって使い、

神様が助け導き、次第にそれが実って行く様が読み取れます。

『聖書』なので、その間の神様に対する信頼とか信仰心を

強く持ち続ける姿も描かれていますが、

ダビデのくだりを読んでいても、「与えられた才能をフルに使え」、

「恐れるな」、「思い悩むな」、「心から望むなら必ず道は開かれる」、

そういう『聖書』のテーマがヒシヒシと伝わってくるのです。

恐いことでも、慣れてるとハードルを高く引き上げられると冒頭に書きましたが、

もっと言うと、与えられた能力をフルに使っていると、実力が付いて

いるということなんです。

辛い時期は誰にでも必ずあって、苦しむことは当たり前だということです。

でも、必ず自分の中に乗り越えられる能力も備わっていて、

苦しみながらも乗り越えられるのです。

そのあとは必ず楽しいことも待ってます!

自分の力をとにかく出し切ってやりましょう!!

スポンサーリンク
人気ブログランキング

コメントをどうぞ

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です