どんどん幸せの度合いが増す話

『人生万事塞翁が馬』って言いますが、

良い事ばかり続くわけでもないけど、

悪いことばかりが続くわけでもないですね。

落ち込むようなことが起きたり、逆境の中に在っても、

決して絶望する必要はなく(というか絶望してはいけません)、

幸せだからと有頂天になって浮かれていても、

何時どうなるか誰にもわかりません。

『聖書』の列王記下という章にこんな話が出て来ます。

アラムの王ベン・ハダトは全軍を率いてサマリアを包囲します。

サマリアは大飢饉に見舞われた上、

アラム軍の包囲によって食料が無くなり、

サマリアの城内では母親が子供を煮て

食べるという惨たらしい状況に追い込まれます。

そんな中、預言者エリシャという人が次のようなことを言います。

明日の今頃はサマリアの城門で上等の小麦粉や大麦が

安い価格で売られているだろうと。

それを聞いたイスラエルの高官は、

たとえ神が手を差し伸べようとも

そんなことが起きる筈がないと言います。

エリシャはその高官に向かって、

あなたは自分の目でそれを見るが、

それを食べる事は出来ないと預言します。

さて、サマリアの城門に重い皮膚病を患った4人がいました。

城内に入ることも叶わず、仮に入れたとしても口にする食料もない。

このまま城門の下にいても死を待つばかり。

それなら一か八かアラムの敵陣に行けば、

もしかしたら食べ物にありつけ、

生き延びれるかも知れないと、敵の陣営に赴きます。

そこに着くと誰もおらず、馬も天幕も食料も全てそのまま置き去りにされ、

敵陣はもぬけの殻となっていました。

神が敵の陣営を散らしていたためでした。

4人の重い皮膚病を患っている者たちは、さんざん飲み食いし、

金銀財宝を好きなだけ手にしていましたが、

サマリアに戻ってこのことを早速知らせねばならないと

自国に戻り告げ知らせました。

こういう訳で、アラム軍が残していった家畜や食料や金銀財宝が

イスラエル人の手に渡ります。

預言者エリシャが告げた通り、翌朝にはサマリアの城門で

上等の小麦粉や大麦が安い価格で売られるようになりますが、

その実現を否定した高官は、

城門で殺到した民に踏み倒されて死んでしまいます。

エリシャの預言の通り、その実現を自分の目で見ても、

それを口にする事は出来なかったのでした。

最悪だと思えても流れは変わるものです(しかも急に変わることもあります)。

逆に有頂天になっていても、いつ落ち込む事態になるか分かりません。

苦しい時は、苦しい自分でも出来る範囲のことを、希望を失わずに進めて行き、

幸せな時は、気が緩みがちだけどラッキーな状況に感謝していると、

どんどん幸せの度合いが増していきます。

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