信じること

目に見えないものは信じ難いかも知れないけど、

信じた方が得です。

証拠を見てから信じようとするのではなく、

見えなくても信じることが大切です。

ライト兄弟は、1903年に初めて有人動力飛行に成功しました。

人間が空を飛ぶというのは、大昔からの憧れでしたが、

当時の殆どの人が、人間は空を飛べっこないのだと考えていました。

ライト兄弟が空を飛ぶために準備を進めていた時、

無駄なことを、馬鹿じゃなかろうかとあざける人すらいたそうです。

でも、ライト兄弟は、自分たちは空を飛べると本気で信じて、

次々に必要なアイデアが生まれ、難しい問題を1つ1つクリアしたそうです。

そしてついに2人は人類初の動力飛行に成功しました。

『聖書』では、イエス様が処刑されてから3日目に復活し、

その後次々に弟子たちのところへ姿を現したと記されています。

その中で弟子のトマスは、まだ復活したイエス様を見たことが無かったため、

自分の目で確認し、釘の跡に自分の指を入れ、わき腹に自分の手を差し入れなければ、

自分は絶対に信じないと言います。

(磔刑の際、釘で手を貫かれ、わき腹を槍で突き刺されたため傷が出来ました。)

するとその場に、復活したイエス様が現れ、「トマス、見てから信じるのではなく、

見なくても信じるものになりなさい。」と言いうのでした。

確認してから信じるとは、確認するまでは信じないということで、

それでは確証を得るまで、何も先へ進みません。

証拠が確認されなければ、一生何も進みません。

自分はこうしたい、こうなりたいということを、

本当に自分でも可能でしょうか?と確認するまでは

いつまでも先へ進めないのと一緒です。

進まなければ到達できないのに、到達できるという保証を見るまで

進もうとしないということです。

確認は必要ではありません。願う方向へ向けて信じる心が有るから、

そこへ向かい叶っていくんです。

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