心から求めるものは手に入るのです

神様は、『あなたが、心から本当に望むなら、全て与えられる。
その代り、わき目もふらず、人目も気にせず、
自分が求めるものを
真剣に追い求めなさい』と言っています。

『聖書』の創世記にヤコブという人が登場します。

(関連記事はこちら⇒『人は今という瞬間を紡いでいます』・『』)

当時の社会では、長男は家を継ぐ者として他の兄弟と比べ格別な存在でした。

ヤコブには双子の兄エサウがおり、父のイサクは兄のエサウを、

母のリベカは弟のヤコブを愛していました。

イサクは、神様が自分の父であるアブラハムを導き、

祝福していたことを知っており、

その神の恵みを自分が継いでいることも分かってました。

イサクは歳を取り、目も見えなくなってきたため、

自分が生きているうちに、

自分が受けた神の祝福と家督や財産を

兄のエサウに継がせようと考え、

エサウを呼んで言いました。

今日お前に私の祝福を授けよう。

その前に狩りに行き、私の好きな肉料理を食べさせてくれ。

食べ終わったら祝福するからと。

その会話を陰で聞いていた妻のリベカは、早速羊を屠って、

夫イサクの好きな肉料理をこしらえ、

弟の方のヤコブに、お父さんのところに持って行き、祝福を受けるようにとさとします。

そして兄のエサウは毛深く弟のヤコブは肌が滑らかなので、

エサウの毛皮をヤコブの首や腕に巻かせます。

弟のヤコブが兄のエサウになりすまし、

父イサクの元へ行くと、イサクは確認して尋ねます。

お前は本当にエサウか?

そうしてヤコブの首や腕に触れて

毛深いかどうか確認するのでした。

声はヤコブだが体は毛深く確かにエサウだ。

そう言って、イサクは弟のヤコブに

自分が受けた神の祝福と家督、

財産を弟の方のヤコブに与えました。

これで弟のヤコブが長子の特権を得るのです。。

父を騙して特権を得ますが、

手に入れたらもうこっちのものなのという訳です。

僕はこの箇所を、チャンスは進んで取りに行け!

というメッセージと受け取っています。

普通に考えると親を騙し、

兄を出し抜いて自分の利益を求める行為なので

とても悪いことのように思えるかもしれませんが、

『聖書』ではそうは言ってません。

ただ、こういう訳でヤコブは父から

祝福を受けたとだけ記されています。

その後、神様はヤコブを事有るごとに助け導き、

ヤコブは益々富を増やして、家族を大きくして行きます。

ヤコブは最終的には兄のエサウと和解し、

恵まれた人生を歩んでいきます。

日本では他人を出し抜いたり出過ぎた

真似をするのは良くない事とされてます。

常に周りを見て常識的に考え行動

することが求められるので、

この場面には違和感を覚えるでしょう。

でも、個人個人の主張や考えを

ハッキリ伝える文化の国では、

日本人が抱くほどの悪とは考えられておらず、

心から望んだものを追い求めたことになるのです。

イエス様も『聖書』で一貫して繰り返しそのことを言っています。

そして、いろんな例えを使い、必死で求めるものは

必ず得られるものであると説いています。

あの人だから出来ることだとか、

自分には才能が無いからとか、

そんなこと考える必要は全くありません。

心に正直に、求めるものを得ようとして下さい。

「夜中に客が来たら、隣人の家へ行き必要なものを求めよ

夜中でもたたき起こそうとするならば、その隣人はそれを与える」

「あの女はうるさくてかなわないから、

この裁判をあの女の言う通りにしてやろう」

「あなたが求めてやまない信じる心があなたを救った」

「門を叩け されば開かれん」

イエス様は『聖書』の中で繰り返して、

心から求めるものは必ず得られるものだと言っています。

勝手におかしな壁を作らずに、素直に望むものを求めましょう!!!

必ず得られます!!!!

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