望むことを実現するには

『聖書』の創世記では、神様が6日間で天地を創造し、

7日目に安息したと書かれています。

そして、天地は神様の言葉で完成したと書かれてます。

『新約聖書』はマタイ・マルコ・ルカ・ヨハネの各福音書から始まり、

4つの福音書は、イエス様が人の姿となって生まれてから、

受難に遭い、3日目に甦って、聖霊の証を示されるまでが述べられています。

それぞれの福音書に同様のストーリーが述べられてますが、

ある福音書に書かれている内容が他の福音書には書かれていなかったり、

他の福音書に書かれていない内容がある福音書にだけ書かれていたりと、

表現の仕方も含めて微妙に異なっています。

その福音書の中で『ヨハネによる福音書』は、

僕には表現に強い感情が込められているように感じます。

イエス様の言葉も凄く熱いのです。

『ヨハネによる福音書』の冒頭に、

「初めに言(ことば)があった。言(ことば)は神と共にあった。

言(ことば)は神であった。この言(ことば)は、初めに神と共にあった。

万物は言(ことば)によって成った。成ったもので、

言(ことば)によらずに成ったものは何一つ無かった。」

と述べられています。

日本にも古来から言霊(ことだま)信仰があって、

言葉には霊的な力が宿っていると信じられていました。

『聖書』を読むと、普段僕たちが認識している言葉とは

大きな隔たりを感じます。

言葉は単なる伝達手段を越えた力強いエネルギーそのもので、

目には見えない存在だと感じるのです。

脳は、思いや感情といった大きなエネルギーを

つかさどりますが、そのエネルギーを伝達するために

言葉に乗せます。

励まされた言葉で元気が出るとか、

心無い言葉で傷付き落ち込むとか、

言葉のエネルギーが働くことで、

目には見えなくてもある結果が具体化されますね。

そして言葉はただの伝達手段ではなく、

実は言葉自体が大変なエネルギーを持った“存在”で、

アファメーションなどもそのことを利用して、

潜在意識と連動させて利用されています。

言葉のエネルギーを利用して、

繰り返し願うことを口にすると、

見えない力がその願いを現実化して行くのです。

スポンサーリンク
人気ブログランキング

コメントをどうぞ

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です