自分の歩みを淡々と

『聖書』の士師記にサムソンという人物が登場します。

サムソンはナジル人として生きた人です。

ナジル人とは、神様に誓いを立てたり、

請願したりして、神様に対して何かしらの誓約を

自分に課した人のことを言います。

サムソンはイスラエル人に敵対していたペリシテ人に打撃を与え、

イスラエルの民を指導し救う使命を持っていました。

ナジル人がその誓約を破ると、神様の力は及ばなくなり、

普通の人と変わらなくなるとされています。

サムソンの存在が敵対していたペリシテ人に知れ渡ると、

ペリシテ人たちはサムソンを倒そうとしますが、

神様の力が及んでいるために強大な力がサムソンに与えられ、

逆に返り討ちにあっていました。

サムソンにはデリラという名の愛する女性がいましたが、

ペリシテ人たちはデリラに

金と引き換えにサムソンの力の秘密を聞き出すように言います。

デリラがサムソンに、あなたの力の源は何かと尋ねるたびに

サムソンは嘘の答えでかわしますが、

私への愛が偽りだからあなたはそのように

本当のことを教えてくれないのだと責められ、

ついには髪の毛を剃ると力が抜けるのだと白状してしまいます。

デリラは今度こそ真実を語ったと、

サムソンが寝ている間に髪の毛に刃を当て剃ってしまったため、

サムソンの力は消え失せて、ペリシテ人に抵抗できなくなり、捉えられ、

目をえぐられ見せしめにされて牢屋に入れられます。

後日、ペリシテ人の祭日に見世物として

あのサムソンを見ようではないかということになりますが、

牢屋にいる間にサムソンの髪の毛は次第に伸びていました。

連れてこられたサムソンは、自分の死と引き換えにペリシテ人を道連れにしようと、

どうか私に力を与えてくださいと神に祈りながら建物の柱を倒します。

建物は崩壊して、そこに集まった数千人ものペリシテ人が亡くなったということです。

全体的な流れとしては、サムソンはナジル人として、

ペリシテ人に対して威圧感を与え、多くのペリシテ人を倒して、

十分役割を果たしたと言えます。

でも、ナジル人として請願を立てたのに

誓いを破り不遇な目に遭いました。

デリラが自分をどう思うかに苦しみ、

ナジル人として守らなければならない行動を曲げて、

不運に見舞われます。

人は、自分が、自分以外の人からどのように

思われるのかを大変気にします。

他人の目を気にして、不本意ではあっても

自分の歩むべき道を曲げたりもします。

特に日本人は、その傾向が強いようです。

大切なのは自分の歩みを淡々と歩むことです。

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