重い皮膚病を治してもらったナアマン

世の中にはいくら考えても分からないことが沢山あります。

人間は考えたことを実現させる能力を神様から与えられてるけど、

人間の考えが及ぶ範囲は限られてるんです。

人間の考えが及ばない部分は、そもそも及ばないんだから、

気付きもしないし、意識もないんです。

ごく限られた範囲の中で、

万能のつもりで錯覚してるだけ。

理解出来ないことは、そんなのある訳ないと

簡単に片付け、あたかも初めから無かった事のように扱います。

でも真実は、信じる信じないに関係なく、

在るものは在るということ。

『聖書』の列王記下という章にエリシャ

という預言者の話が出て来ます。

ユダヤの民は初めは神の民として、

神に従って生きていました。

でも、そのうち神よりも、

自分たちを治める人間の王様を求めるようになります。

最初にイスラエルの王になったのはサウル王という人でした。

その後、ダビデ王・ソロモン王と続いた後に、

ユダ王国とイスラエル王国に分裂します。

人間の王様による統治が続くと、王様自身も神の存在を侮るようになり、

次第にユダヤ人は神の民としての道を逸れて行くようになっていきます。

ユダヤ王国とイスラエル王国は相反したり協調したりしながら

罪を重ねて行くのですが、その中で、預言者と言われる人たちが現れて、

ユダヤ人としての生き方に立ち帰るように導こうとします。

その預言者のうちの一人が、エリシャという人でした。

エリシャの時代、アラムの国にナアマンという名の軍司令官がいました。

ナアマンは重い皮膚病を患っていましたが、

イスラエルの国に凄い預言者がいて、奇跡を行うと聞き及びます。

ナアマンは自分の重い皮膚病を直してもらおうと

早速エリシャの家に部下を従えて行きました。

エリシャは自分は対応せずにゲハジという従者に、

ヨルダン川で7回身を清めれば、

身体は綺麗に元に治ると言わせます。

ナアマンは、エリシャ自身が自分の体に触れて

神に祈りを捧げ、治癒の奇跡を行うものと思い込んでいたため、

その対応にひどく腹を立てて、そこを立ち去ろうとします。

ナアマンの部下たちは諫めました。

仮に大変なことをするように命じられたなら、

きっとあなたはそれをするでしょう。

それなのにただ身を清めれば治ると簡単な事を言われただけで

何故それをしないのですか。

ナアマンは考え直して、ヨルダン川に下って行き、

身を7回川に浸します。

すると、彼の体は子供の肌のように綺麗になるというお話です。

ナアマンはとにかくやってみました。治るかどうかは分からないけど、

従者たちも勧めるし、やってみて治る可能性もあるならやった方が良いと。

そしてやってみたら、重い皮膚病が治ったのです。

やらなかったら、皮膚病を患ったままの筈です。

人は思いもよらない展開で道が開かれたりします。

予想外な展開で、ビックリすることもあります。

とにかくやってみる、行動してみるということが

驚く結果に繋がることがあります。

幾ら考えても解決できないし、どうなるか予測もつかない事は

考えてもどうにもなりませんから、行動に移す方が良いのです。

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