圧倒的な感動をくれた不格好な初心者

頑張るっていう言葉が最近気になるんです。

昔から何気なく、頑張ってね!とか、頑張ります!

とか言ってたけど、最近妙に引っかかるんです。

何故かというと、頑張らなくても良いのではないかと、

もっと言うと、頑張っちゃいけないんじゃないかと、

思うようになってきたからです。

こんなこと言うと、お前バカか!と言われそうですが、

頑張れば頑張るほど幸せは遠のいて行くんではないかと感じるのです。

頑張らなければいけないというスパイラルに入ると、

際限のない所に足を踏み入れ、

まるでカミュの『シーシュポスの神話

のように終わりのない苦役を自分に課すように感じるんです。

常識だからという理由で、

別にやりたくてやるわけではないことや

嫌だけど仕方なくやることは、頑張ってはいけないと思います。

逆に、やりたくて自ら努力することは頑張っているとは感じないので、

これは頑張りにはなりません。

やりたくない・やらざるを得ない = 『頑張る』を求められるけど ⇒ 頑張る必要なし

やりたいことをやる   = 『頑張る』にはならないから ⇒ 頑張る自体が存在しない

ということで、もうこれからの世の中では頑張るのは止めようよ!と言いたいです。

僕は若い頃水泳が大好きで、よく泳いでいました。

ある日プールサイドに2人の男性が現れ、

それぞれ体操を始めたんです。

最初は知人同士かと思いましたが、

どうやら他人同士のようで、その内の1人は

水着もスイミングキャップもぎこちなくて、

所作がいかにも初心者的でした。

やがて初心者風の人が泳ぎ始めました。・・・案の定、泳げません。

僕は帰るつもりだったけど、プールサイドの椅子に座り、

じっと見つめていました。

その男性は何度も何度も蹴伸びをしては

バシャバシャと水飛沫を派手に飛ばして

手足をクロールのようにバタバタさせます。

・・・そして3m位で立ち止まります。

死にそうな顔で、濡れた顔を何度も手でこすると、

狂ったようにすぐにトライするのです。

その様が何とも凄くて、どうしてあのように

死に物狂いでトライするのだろうかと

ビックリして見ていました。

そのうち僕はジワジワ感動してきて、

努力するってカッコイイなぁと思い始めていました。

するともう1人の男性の方が、一生懸命に泳いでいる人の側に来て、

これ見よがしに自分の泳ぎを見せるように泳ぎだしました。

死にそうな顔した人は、ハァハァと肩を揺らして息をしながら、

側で泳ぎ始めた人を暫く目で追っていましたが、

すぐに自分のチャレンジを再開しました。

後は一心不乱。狂ったようにがむしゃらに泳ぐのです。

あたりは凄い水しぶきが立っていました。

僕はロッカーで帰り支度をしながら、

今日は凄いもん見ちゃったなぁと感動に浸っていたのでした。

嫌々頑張る姿を見ると、こちらまで辛くなりますが、

自分の意志で努力する姿は、

見ていて感動すら覚えます。

水飛沫をたてて、狂ったように泳ぐ姿は、

パッと見ると無様に見えるのかもしれませんが、

僕はそのとき涙が出そうなほどの感動を覚えました。

無心の努力の内側にある見えない部分=心は、

最高の状態なんだろうなぁって思いました。

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