自分が喜ぶことを追求しましょう

イエス様は言いました。

『自分を捨て、自分の十字架を背負って、わたしに従いなさい』。

神様、この世は背負うようなものを負って

送らなければいけないのでしょうか?

そういえば、徳川家康もこんなことを言っていました。

『人の一生は重荷を負うて、遠き道を行くがごとし』

この世に生まれて来るとき、人は泣きます。

でも、生まれる時になぜ泣くんでしょうか。

嬉し泣きでしょうか。

辛い世界に生まれて来たと嘆きなのでしょうか。

恐らく、ようやく生まれてきたぞと嬉し泣きをしているのでしょう。

周りの大人も嬉しいのです。

だからお父さんもお母さんも心から喜びます。

みんなでこの世で幸せになろうねって、

現実を体感するメンバーがやっと来てくれて喜びます。

特に大人は、新しいメンバーが初々しく、

自分達が忘れてしまったものを持ち合わせてきていることを感じて、

何もできない生まれたての存在に完全に従うんです。

人間同士で暮らしていくうちに、

「暴食」、「色欲」、「強欲」、「憤怒」、「怠惰」、「傲慢」、「嫉妬」

といった7つの原罪に囚われ、人は次第に自ら苦しみを背負うようになってしまいます。

わざわざ苦しい重荷を作り上げて背負うんです。

初めから背負わされていたわけではなく、

人間が勝手に背負って行くんです。

神様は愛です。

神様は人を愛して、どんな自由も与えてるんです。

人は自ら苦しみを背負うようになるけど、

自由に荷物を軽くすることも許されています。

そうする決定権も全て神様に与えられてますから。

愛に従って思う通りに自由に生きれるんです。

自分が喜ぶことを追求して良いと神様が許してるんです。

何も気兼ねすることなんかありません。

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